出発〜到着

午前、留学生関連の会議。勉強会の趣もあり。午後、ペーパーレスの会議を途中退席。帰宅後、荷造りの仕上げをして、6時過ぎにタクシーに乗り込んで金山へ向かう。話好きであるらしい運転手と空港までの料金の話など。高速料金を入れて15,000円ぐらい? それももったいないので、金山から空港まではスカイライナーで。駅員はミューチケットなしの、すぐ出る列車にダッシュして乗れというが、慌ただしいので一本待つ。セントレアから羽田までは国内線なので、空港には余裕をもって着いたと思ったが、荷物を途中の乗り換えで一度受け取らないといけないのかどうかの確認で時間がかかる。その必要はないらしいことがわかって搭乗。すぐに羽田着。まずは腹ごしらえと考え、江戸の横丁風のエリアへ。迷ったが、結局、焼肉料理屋に入って、ビビンバ。美味なり。それからいつもの手荷物検査と出国審査。前回この羽田を夜発つ便を使った時は、ボーディングまでずいぶん待たされたが、今回はそんなこともなし。しばらくしてボーディングが始まり、搭乗。席は運良くエコノミー席の一番前。前の座席がなく、ある程度足を伸ばすことができた。離陸後まもなく飲み物サービス。赤ワインを飲んで早めに眠ることにする。目を覚ました後は、『東ゴート興亡史』を読んでいく。EP 協会の先生に教えてもらったので、ネットで購入して持参したもの。ユスティニアヌスの妻テオドラのことなど興味深く読む。フライトは12時間程度だったが、この便は比較的よく眠れるので楽。

定刻にパリ着。念のため確認したが、やはりスーツケースをここで受け取る必要はなかった。長い入国審査。審査自体はやっているのかどうか怪しいようなものだったが、人の列が3列あり、係りの人が判断して、どの列の人間が次に審査を受けるかを決める。これがすこぶるいい加減でうんざりした。乗り換えの際のセキュリティ・チェックは前回ほどシビアではなく、靴を脱ぐ必要はなかったが、バックパックをあけて中身を見せた。パリでのトランジットは7時間。本を読んでいても良かったが、せっかくなので、市の中心部まで行ってブランチを、と思ってタクシーに乗ったが、なんと渋滞に巻き込まれて、車がなかなか進まない。アフリカ系と思われる運転手もがんばって、強引な横入りなどしてくれたが、渋滞はいっこうに解消されず、前進しない。業を煮やして、こちらは50ユーロぐらいのつもりでいるが、どんなもんですかねと、運転手は英語がダメであるようなので、不自由なフランス語を交えて聞いてみる。いや50ユーロなんて全然だめで、70ユーロですなあと言う。金を持っていないのだがと嘘を言って、それとなく値引きを示唆してみたが、銀行に行って下ろしますかいというようなことを言う。聞けば渋滞は大抵毎朝あるそうで、70ユーロが相場だという。前もって確認しなかったこちらがドジであったと考え、メーター通りに支払う。運転手自身はなかなかよさそうな人だった。というわけで時間がなくなったので、やりたいこともできず。サンジェルマンの教会の中を見て、カフェでクロク・ムシューを食べ、あたりの店で店員と話したりして終わり。日本語が堪能な人がいて感心したり、留学生風の人からたいへん親切にされたりした。気温は思ったよりも低く、やはりもっと厚手のジャケットを持ってくるのだったと考える。帰りはタクシーは使わず、サン・ミシェルからRERにした。パリ郊外の低所得者層向けかと思われる集合住宅の様子を車窓から眺め見る。車内には、観光客に安価なパリ土産を売ろうとする若者ーー座席の空席に無言で商品をおいて行くーーや、懐メロを奏でるアコーディオン弾きが来たりして、どことなく落ち着かず。必要があって、無愛想な乗客にものを聞いたが、応対はとても親切だった。

それからバスで空港内のゲートに移動して、また手荷物検査の行列に並ぶ。ここでも列はなかなか進まない。搭乗したのは通路を挟んで二つずつ座席のある小さめの飛行機。大きなハブから飛ぶおなじみのタイプ。まもなく離陸。アルプスの雪を見下ろしたかと思うと、しばらくしてボローニャ着。少しでも本を読もうとおもったが、前の座席のカップルが熱烈な抱擁を始め、 気が散った。空港で荷物をピックアップし、それからバスに乗って、ボローニャ中央駅まで。バスはタダだと思っていたが、6ユーロであった。チケットをどこで買うのかなど、戸惑うばかりだったが、英語を話す学生風の人がいて、親切に教えてくれた(チケットは乗車後に買った)。バスは混んでいて、座れず、次第に疲れてきたが、しばらくするとポルティコが、また、学生風の人たちがたむろする姿も見えてきて、元気が出た。なかなか楽しそうな街である。

駅で今度は列車に乗る。自分で乗るのは初めてなので、駅のインフォメーションへ行って、乗り方を聞く。イタリア語のできない人も多いのだろう。英語でわかりやすく説明してくれた。チケットは前もって買ってあったので、これを緑の機械で打刻して、乗り場へ行くだけであった。2等の列車に乗り込むと、またまた混んでいたが、今度は何とか座れた。そのうちに、インド系と思われる母子が向かいの座席に座る。息子さんは兵隊らしきフィギュアで遊んでいる。ほほえましい。その兵隊さんの名前は何というのかね、と英語で聞くが、はにかんで答えてくれなかった。撃たれて死んだふりをしてやってもよかったが、自重。平和主義はなかなか浸透しないのであろうなとも思う。列車は小さな駅に停車しては発車する。ボローニャ郊外には緑の畑と果樹園が広がっている。小麦と桃か? よくわからないが、美しい。広い畑の一角にぽつんと家が建っているが、人の姿は見えず。インド系の母子はそれほど大きくなさそうな町の駅で下車。その後も人が降り、代わりに少数の人が乗ってくる。1時間ほどして、ようやく終点のラヴェンナに着いた。すでに日も暮れていたので、タクシーに乗る。5ユーロ未満だったが、最低7ユーロということになっているという。ホテルは、新しいのか、それとも改装したばかりなのか、清潔感あり。シーズンオフであるためか、街の中心から外れているためか、料金も安かった。ネット環境にもすぐれ、おすすめである。長旅で疲れたが、荷を解いた後、街を少し歩き、ホテルの人に推薦してもらったレストランへ行って食事。ハムの盛り合わせがなかなか美味かった。かくして長い1日が終わる。

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東ゴート興亡史―東西ローマのはざまにて(中公文庫BIBLIO)

東ゴート興亡史―東西ローマのはざまにて(中公文庫BIBLIO)