ボローニャ

 早起きして(というか、時差ぼけでずっと朝早く目が覚めるのだが)、パッキングの仕上げ。それから、このホテルでの最後の朝食をとってから、チェックアウト。タクシーを呼んでもらって駅へ。この日のチケットも買ってあるので、来た列車に飛び乗ればよかったのだが、勘違いしていて1本乗り遅れた。仕方がないので、ホームで40分ほど待って、次の列車に乗る。(前の列車もこの列車も遅れていた。勘違いもそのため。)すぐ前の座席に学生さんらしき人が座っていて、試験でもあるのか、なにかを一生懸命覚えているらしかった。学生の皆さんが大学に通う時間だったのかもしれない。名古屋まで1時間〜2時間ほどかけて通う学生諸君のことを考えてみた。来たときと同じく1時間ほどで、ボローニャ中央駅着。久しぶりの都会である。駅前のタクシー乗り場には行列ができていた。絵本見本市のせいであるに違いない。

まもなく順番が来て乗ったタクシーの運転手にホテルの名前を言っても通じなかったらしく、変だなと思ったが、着いた先はいささか場末感の漂う界隈で、ホテルにもホテルらしい入り口がない。人気のない細い通路を通って、アパートの入り口のようなところでブザーを押すと、中から人がドアを開けてくれる。狭いフロアに小さなカウンターがあり、そこで手続きをする。傍らには階段があるが、エレベーターはない。2階に部屋があるらしい。寂れたビジネスホテルという趣。フランスの犯罪映画のことなどを思い出してみる。ボローニャでは、前日までは1万円ほどで予約できた宿が、おそらく見本市で多くの人が集まるため、この日から3万円、場合によっては7万円まで料金が上がっていた。ホテル代が高いので、中にはラヴェンナフェラーラなど近郊の町に宿を取って、そこから見本市のためにボローニャまで通う人もいると聞いた。そうした中、1万円少々で泊まれる数少ないホテルがここだった。少々心配にはなったが、トリップ・アドヴァイザーにも載っているわけだし、まあ大丈夫だろうと判断。応対してくれた人も――移民の人なのだろうか――きちんとした対応で問題なし。荷物を預け、地図をもらい、市の中心街まで歩く。

今日は月曜日であり、様々な場所がお休みである。しかし、人体解剖室(旧ボローニャ大学)や、修復中でファサードが見られなかったサン・ペトロニオ大聖堂などは月曜日でも開いている。大聖堂は例によって、午後の休憩時間が終わらないと中を見ることができなかったので、「イーターリー」という本屋なのに食事のできる変わった店で昼食をとった後――ニョッキを注文して失敗した――訪れてみると、内部は、フェラーラの大聖堂もびっくりというぐらいに壮麗なものであった。雨の中、多くの観光客がぞろぞろと中に入って見学していた。それから、大聖堂を出て、大学の方へ行くと、やはり月桂冠をかぶった学生たちがいて、ただし、ここではそうした学生たちの一部は目立ったコスチュームを着ていて、周囲の仲間たちと大騒ぎをしていた。そうした学生たちの姿を見るのも楽しいし、校舎に貼られたビラの類が、一昔前の日本の大学を思い起こさせる、いかにも大学という雰囲気を醸し出していて、それをもっと味わいたいという気もしたが、時間もあまりないので、人文系の校舎の喫煙スペースに入ってみたり、その前に座っている学部生と思われる人に少し様子を聴いたりするにとどめ――このように書くとまるで不審者だが――あとは図書館で調べ物。終了後、また広場に戻り、「イーターリー」に入ると、車椅子に乗った作家が新著紹介の朗読をしていたので、それをしばし眺め、EP のイタリア語翻訳1冊を購入する。レジで応対してくれた店員に、日本でもアメリカでも大型書店は不調だと聞くが、ボローニャではそうでもないのですか、密林も敵ではないようですな、と聞いてみると、なんとかやっているのは今のうちだけでしょう、今後はどうなるかわからない、といった回答が返ってきた。そうは言うものの、それは謙遜なのかもしれない。この本屋、文学セクションが大変充実していて、しかも、そこへ客がやって来て、買っていくのである。昼にランチを食べたときも、一人で食事していた若い女性客が、テーブルの上にオルファン・パムクの翻訳を置いていた。大学街にある大きな書店が経営的にもやっていけるということであるのなら、なかなか頼もしいことである。書店を出て、『歩き方』で紹介されていたリストランテへ早めに行き、予約をしてないがテーブルはあるかと聞くと、予約した客が来るまでならOKというので、席に案内してもらう。ほぼ開店と同時に店に入ったのだが、その後次から次へと客が来て、賑やかだった。まわりは英語で話している人たちが多かったので、おそらく例の絵本見本市関係の催しに出た人たちだったのであろう。次の客が来る前に店を出て、タクシーでうらぶれた界隈のホテルへ。こういうホテルに泊まっていると、運転手のまなざしが優しい。ネットも有線でできるはずだったが、つながらないので諦めて、パッキングをして寝る。